Another Story by BALMUDA Technologies

小さなスマートフォンのつくり方

#01 道具として在るべき理想を探し求めた、小さなスマートフォンをつくる旅

バルミューダ株式会社 ITプロダクツ本部 事業推進部

高荷隆文 (たかに・たかふみ)

新たな選択肢となる可能性に魅了された開発者が踏み出した、小さなスマートフォンをつくるための旅。想像をはるかに超える苦難が連続しても、最後まで信じていたものとは?

誰よりも先に手を挙げたスマートフォン事業

── バルミューダのスマートフォン事業構想が一部の社員に伝えられたのは、2020年の正月休み明け早々だった。

「真っ先に手を挙げました」

── そう話すのはITプロダクツ本部の高荷隆文(以下、高荷)。彼はその場で、突然湧き上がった感情を抑えることができなかったという。

「これまでの出来事が走馬灯のようによみがえりました。PCを使って何かをするのが好きになった小学生時代に始まり、高校生のときに流行したデザインケータイに触れて、将来プロダクトデザイナーになりたいと思ったこと。それから……」

── 大学院でインタラクションデザインやデザイン思考を研究した後、就職活動に出遅れた末に上海の企業が募集したデザイナー職に滑り込み、いきなり海外生活がスタート。やがて新たな挑戦を求めて帰国。モバイルアプリを開発するベンチャーに転職し、3年半ほどプロダクトマーケティングの仕事に就いたが、実体のないソフトウェアよりハードウェアをつくりたい思いが抑えきれず、ついにバルミューダの扉を叩く。

「驚いてしまったんです。そうしたいくつもの経験がここで帰結するのかと。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、自分はスマートフォンをつくるために生まれてきたと思えました」

── しかし、スマートフォンづくりになぜそこまで思いが高ぶったのだろうか。

「新しいことに挑み続けたい思いと、当時提案されたスマートフォンのコンセプトに大きく共感できたことが理由です。『人間の手のひらや顔のサイズは10万年前から変わらないのに、手に持つ道具のスマホはこの10年で大きくなりすぎてないか?』『いつしかスマートフォンに使われている自分に気づいて、主従が逆転したようには感じないか?』。社長の寺尾が投げかけるそんな疑問と、目の前に置かれた小さなスマートフォンのモックアップから、それがどのように自分の生活を変えるのか、僕にはすぐに想像できました」

(※モックアップ・・・原寸大の模型)

サイズやロゴの入れ方などをモックで検証していた。

── 生活家電に続いてスマートフォンが計画されたことも、高荷には違和感がなかったという。

「バルミューダの扇風機やトースターは、基本形は誰が見ても従来の製品と同じです。しかし決定的に違うのは、製品の内部で行われている技術的な部分。自然界と同じ気持ちいい風が感じられたり、感動的に美味しいトーストが焼けたり。五感から受ける感動は、人生を豊かにする物事の本質的な価値です」

── コミュニケーションがメインのスマートフォンでも、開発思想の根底に流れるものは変わらないと感じたそうだ。

「目的に対して必要なものを際立たせていけば本質的な価値が提供できる。それはスマートフォンであっても、これまでバルミューダが追求してきた姿勢そのままのものづくりができると思いました。私たちは体験価値という光るものをつくりたい。バルミューダが新しい挑戦をするときに、いつも自分達がブレずに信じていることです」

言葉の壁。コロナ。悪化する通信環境。滞る話し合い。

── 開発思想を変える必要はないにしても、バルミューダが初めて挑むスマートフォンのつくり方はゼロから学ぶしかなかった。ゆえに躊躇する間もなく未知の荒野へと旅立たなければならなかった。

「バルミューダの製品は基本的にすべて自社開発をしています。しかしスマートフォンは他の家電製品よりも圧倒的に技術集積度が高く、アンテナ設計などこれまでにない専門的な知識が要求されます。各種部品の調達や認証など、様々な課題をクリアしながら事業の垂直立ち上げをするには、設計段階から任せられる製造委託先を探す必要がありました。幸いスマートフォンはODMによる設計・製造委託の業界が確立されているので、とりあえず中身はつくれそうだと。その主要メーカーが中国や台湾に集中しているとわかり、すぐに社内の中国人の同僚と現地に飛びました」

(※ODM生産・・・製品または部品の設計や調達を他の企業に委託して生産供給を受けること)

製造委託先を探す際に訪れた台湾

── 台湾に降り立った高荷は、早々に言葉の壁に突き当たった。それでも自分達の本気が伝わるように、中国語が話せる同僚の助けを借りながら、思い描いたチャレンジを必死で表現した。

「会議中に伝えられた開発費がうちの利益を吹き飛ばしそうなレベルでした。特に、デザインの肝となるディスプレイの新規設計の費用が桁違いで、彼らも『本当にやるの?』とこちらに聞き返してきたくらいです。これには参りました。台湾出発から1週間後に社内メンバーへ提出した報告書にも、およそ無理と記したほどです」

── ところが寺尾から返ってきた言葉は、それこそ高荷の予想を超えたものだった。

「『お金のことは心配しなくていいから、スマートフォンをつくることだけ考えてほしい』。当時の寺尾には、僕らが知りえない考えがあったと思いますが、とにかくこの言葉は最後まで大きな支えになりました」

── 気持ちを新たにした高荷の前に、予期せぬ問題が立ちはだかる。新型コロナウイルス感染症の拡大だ。複数のODMメーカーにコンタクトを取る中で、いよいよ事態は深刻に。2月に入るとメーカーの地がロックダウン。現地企業は通訳を含め在宅環境に移行し、交渉はすべてオンラインとなった。コロナという想定外の敵に時間だけが奪われながら、断りを入れてくるメーカーも現れた。海外交渉の限界を感じ始めていた高荷に、一筋の光明が差し込む。

「あらゆる道を探り続けていたら、ある伝手から京セラを紹介してもらいました。京セラには、かつてのデザインケータイや高耐久のスマートフォンなど独創的な製品開発の実績があることを知り、その件をチームに報告したら『今すぐ話の場を設けよう』と。これが突破口になりました」

── 思いがけず巡り合うことになった日本企業。言葉が通じ合う者同士なら膝を詰めて話せると期待したものの、初めての話し合いは、言葉の裏に潜む本音がニュアンスで伝わる辛辣な場面から幕を開けるのだが…。次回以降の記事に登場する開発メンバーが詳しいので、後に譲ることにする。

不可能を証明することが不可能

── 一方で彼には、別の旅もあった。それは、「誰と売るか」。つまり、通信キャリアとの交渉だ。

「誰と売るかは、誰とつくるかと同時並行でした。これもなかなか大変でしたね。我々のスマートフォンは、市場の道筋とは違う方向性を目指していましたから、先方に理解してもらうまでに時間がかかるのも仕方なかったと思います」

── そんな中、バルミューダのファンというソフトバンクの担当者の一人がきっかけとなり、 高荷はモバイル事業の担当者と面会する機会を得る。

「先方にうかがった初の顔合わせのときでした。そこではビジネスよりも前に、僕らの考え方やスマートフォンのアイデアに対して、ご担当者が非常に熱心に耳を傾けてくださった。真剣な議論ができたと実感できた帰り道、この事業がどうなったとしても、あの方とは仕事をしたいと強く感じるほど印象的な時間でした」

── その後、紆余曲折を経ながら翌年にソフトバンク社との契約が確定。これを機に京セラへも正式な発注ができることになり、ついにバルミューダのスマートフォン事業が成立。そこからさらなる怒涛の開発が始まった。

「最初からスマートフォンのつくり方を知っていたら、ここまでやれなかったでしょうね」と苦笑いを浮かべる高荷。すべてのゴールはBALMUDA Phoneを世に出すことだったが、いずれにしても舗装された道を選べたわけではない。

「バルミューダにスマートフォンがつくれない理由はいくらでも挙げられました。対して僕らが、いや僕がスマートフォンをつくりたかった理由はたったひとつ。初期のモックアップで魅了された小さなスマートフォンが広げる可能性を、より多くの人と分かち合いたかったからです。可能性を信じる僕らは、不可能を証明することが不可能だと思っていますから」

── バルミューダ初のスマートフォンをつくるために踏破した大きな旅。しかし彼らは、製品の完成と同時に次のステージへ踏み出したことを知っている。この先にあるのは、小さなスマートフォンに共感してくれたBALMUDA Phoneユーザーとともに歩む旅だ。

文:田村十七男
写真:大石隼土

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